きみとぼく 第3話


チビゼロは偉そうだ。
いつもふんぞり返って偉そうにしている。
仮面とマントは自分のゼロ服とよく似ているが、マントの隙間から見える靴とズボンが違うので、きっとゼロのコスプレをしているのだろう。
そんなチビゼロは今も偉そうに命令してきた。

『------。紅茶はないのか』
「ない。あるのは水と牛乳と100%オレンジジュースだけだ」
『…仕方ない、テーパックでもいいから用意しろ』
「別にいらないだろう、紅茶なんて」
『いいから用意しろと言っている』

チビゼロはふんぞり返りながら言った。
その姿が非常に腹立たしく怒鳴りつけたくなったが、相手は小さな存在で、恐らくは想像もつかないほど精密な機械。ロイドが設定した通りに動いているだけなのだから、怒鳴るなんて馬鹿がする事だ。
しかし紅茶。
なぜ紅茶なのだろう。
紅茶は、とても特別な飲み物だ。
自分では殆ど入れた事はないが、ちゃんと時間を測り決まった温度で淹れると、同じ茶葉でもいやその辺で売られているティーパックの安物でも香りや味が変わる。
そんな特別なお茶、淹れる技術はない。
自分では、あんなに美味しく入れることはできないから。
なら買うだけ無駄だと言いたいが、ロイドがこのやり取りをわざわざプログラムしたなら何か意味があるのかもしれない。
さて困った。
自分は買い物になどいけない。
そもそも今日は仮病を使ったのでこの部屋を出るのは無理だ。
ゼロが動けないのだから、仕方ない。
いつもは夕方にしか来ない人だが、連絡を取ってみるかと携帯電話を取り出した。
その人は普段足の不自由なナナリー総督のお世話係としてナナリー総督の傍に控えている。総督が総督府にいる以上彼女もいるはずだ。ワンコールで電話に出た彼女は、当然であるがゼロが体調を崩し休んでいる事を知っていた。

「お昼をご用意する予定でしたが、急ぎの御用でしたでしょうか?」

あと2時間ほどで正午になる。その頃に合わせて来る予定だったらしい。

「いや、こちらに来る前に買い物を頼みたい」
「畏まりました。何が必要でしょうか?」

ゼロの部屋には風邪薬も無い。頭を冷やすには濡れタオルぐらい用意できないだろう。体調不良がどの程度か解らなかったため、何をどう用意するか悩んでいたサヨコにとって、事前に連絡が取れた事は幸運だった。

「紅茶を」
「紅茶ですか。ペットボトルの物でよろしいでしょうか?」

まさか紅茶を頼まれるとは。
彼女の驚きが声で解かった。
ペットボトルと聞いて、そうだ、紅茶はわざわざ自分で淹れなくても売っているものを飲めばいいじゃないかとようやく思い至る。紅茶と聞くと何故か紅茶用のポットを用意し、ケトルでお湯を沸かして入れるイメージしかわかなかった。

「ではペットボトルのものを何種類かたのむ」

と言った時、横やりが入った。

『ペットボトルでは駄目だ!ちゃんとした茶葉を買う様サヨコにいえ!』

当然チビゼロだった。
横になっていた皇帝も眼帯も同意するように茶葉を買えと言っている。

「別にペットボトルのお茶でもいいじゃないか」
『駄目だ!いいから電話を貸せ!』

貸せと言われても、その体じゃ持てないだろう。
ここでペットボトルで押し通せばそれで終わる話なのだが、電話口のサヨコが不思議そうな声て聞いてきた。

「どなたかいらっしゃるのですか?」
「…ええ、招かざる客が」
「お客様…?」

ゼロの部屋に、客。
しかもゼロは仮面をしてない。
変声機を通していない声だ。
不審に思い警戒したサヨコだが、仮面を外している当人はさほど気にしていないように思えた。では、中身を知る誰かなのだろうか?

『いいから代われ!』

小さな声が、受話器越しに聞こえた。

「ゼロ様、代わっていただいてよろしいでしょうか?」

サヨコの声が若干震えているように思えたが、気のせいだろう。
いや、この部屋に誰かがいることを警戒しているのかもしれない。
まあいい、チビゼロとサヨコがそう望んでいるなら仕方ないと、ハンズフリーボタンを押してからテーブルに置いた。
ちょこちょことチビゼロは通話口に駆け寄る。
眼帯も何故かやって来た。

『サヨコ、私だ』
「……!」

何故か電話の向こうのサヨコは驚いたように息をのんだ。
まあ当然か。
知らない誰かが変声機を使い、ゼロのまねをしているのだ。
しかも、普通の人が立ち入る事の出来ないゼロの部屋で。
驚くのも無理はない。
だがこれでサヨコは、この悪戯と無関係だとわかった。
卵を補充したのはサヨコだが、ロイドに騙されて持たされたのだろう。

「……ゼロ、様でしょうか」
『そうだ。久しいなサヨコ』

サヨコにゼロだと認められた事が嬉しいのか、チビゼロは偉そうにふんぞり返りながら手を突き出した。
マントがばさりとなびく。
ゼロのコスプレをするならせめて手袋ぐらい着けたらいいのにと思うが、チビゼロの服装には突っ込みどころしかないので言うのは止めた。

『すまないが、紅茶を買って来てくれないか。アールグレイでいい。後はポットとティーカップを一人分。それと、おもちゃ売り場に行き、人形用のティーセットと食器セットを3組買ってきて欲しい』
「人形用、でございますか?」
『ああ、私たちが使う』
「私達…畏まりました。家具なども必要でしょうか」
『いや、私たちはとても小さいから、恐らくは使えないだろう。だが小さなテーブルや脚の短い椅子などあれば助かる』
「畏まりました」
「サヨコと言ったか。水も買ってきてくれ。おいしそうな天然水をな。私はこの部屋の水が好きではない」

眼帯がチビゼロを押しのけ偉そうに言った。
その声にもサヨコは戸惑ったようだが、優秀なメイドである彼女は余計な詮索をしなかった。

「……すまないが、サヨコに…お茶受けを買って来るよう伝えてくれないか」

横になったままの皇帝が言ったので、それをそのまま伝えると、「では、最近評判のプリンを買ってまいります」と言っていた。お茶受けにプリン?まあ、相手がおもちゃの食器を望み、しかも小さいと言っていたから、小さくても食べられる柔らかな物を連想したのかもしれない。
ついでだからと他にもいくつか欲しい物をたのみ、電話を切った。

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